赤い残影が、整然と並んだ機械の間を一周するように走り抜ける。
駆け出す黒い影が目の端に見えたかと思うと、ワルサーを発射する。
躊躇はなかった。

飛び交う銃弾。

―――――40メートル

中央のやや開かれたスペースに立ち、ジャラララと軽い金属音をたて
薬莢を排出するマグナム。

―――――30メートル、

―――――20メートル、

空になったマグナムにローダーで弾丸を一気に詰めるや、シリンダーを起こす
と同時に1発。
機械の間から飛び出そうとしたルパンははっと足を止めて身を隠した。


僅かに身体を横にずらしながら、機械の陰から横目でうかがう。
ルパンは「しまった」と小さく舌打ちした。

あと機械一つ分先。10メートルという目と鼻の先程の距離。
隠しエレベータを操作するパネルが、一発の銃弾により見るも無残に破壊され、
小さな火花を散らして壁からぶら下がっていた。
「ちっくしょ〜。八方塞がりかァ」
マガジンを口にくわえたままモゴモゴとくぐもった声を上げる。

(どうやって上に―――――)  

と、考える間も与えず、ルパンの鼻先を銃弾がかすめる。

「うぁっ」
慌てて引っ込み、口からこぼれ落ちそうになったマガジンをくわえ直す。

道はふさがれてしまった。

(他に、最上階へいく道は・・・)


ルパンはくるりと向きを変えた。

左の手首をクイッと振る。握りしめられた左手から何かが飛び出した。
機械に小さな白い物体が貼りつく。

そして、天井を睨みつけると、そのまま一気に機械の上に飛び上がった。
すかさずマグナムが轟音を響かせる。

ドンドンッ ドンッ  ドンッ

機械の上で宙返り、転がり、弾を器用に避けながら隣の機械、隣の機械へ
と移ってゆくルパン。

(やっぱ・・・上は・・・っ!・・・・厳しいかァ?)


大きく身体をしならせながら弾を避け、次々と機械の上を移動していく。 しかし、床の上と違い何も目隠しになる物がないだけに、機械の上を走り回る ルパンは、次元にとっては恰好の的以外の何者でもない。 もしこれがルパンでなく他の人間だったら、次元なら目をつぶっていても命中 させられたであろう。研ぎ澄まされた勘と、重力を感じさせない身のこなしで 逃げ回るルパン。 しかし流石のルパンも避けきれなかった弾丸が脇腹や頬をかすめ、抉っていく。 (いい腕してやがるぜッ) それでも飛び下りることなく、ルパンは機械の上を縦横無尽に飛びまわりながら マグナムの銃火に応戦するようにワルサーを撃った。 ワルサーを撃ちながら、時折、左手をひねって機械の上面に先刻と同じものを 貼り付けてゆく。 ドゥンッ 何発目かの357弾がその銃口から回転しながら飛び出した。 間一髪でそれを避ける。 しかしその拍子に、スプリンクラーの水で足を滑らせてしまった。 「あっらあぁ〜っっっ」 ドスンッ!!! 「〜〜〜っ!!!!!!」 (イッッッッ―――――) 派手に尻から落ちて腰をしたたかに打ちつけ、一瞬息が詰まる。 顔を真っ赤に膨らませたルパンは、そのまま壁面に左手をつき、握り締めていた 最後の一つを貼り付けて物陰に転がり込んだ。 (て〜〜〜ッッッッ・・・) 機械の影に身を寄せ、大きく息を吐き出し、涙目のままワルサーを握った手で 尻をさする。 (クッソ〜っ!次元のヤツ、覚えてろォ・・・) ルパンは心の中で訴えた。 (ヂになったりでもしたら、てめェのせいだかンなァ〜!!!) と、ふっと表情が変わる。ゆっくりと近づいてくる気配に顔をあげた。 そっと身体の向きをかえ、機械に後頭部をくっつけ、様子をうかがう。 しんと静まり返ったフロアに機械と送風機のファンの音だけが響きわたる。 ジリジリと身体を横にずらす。 機械の向こうから流れ込んでくる風にのって、嗅ぎ慣れた硝煙の匂いが鼻腔を くすぐった。 常人にはわからないであろう、強烈な血の匂い、そして殺気も混じっている。 ワルサーを顔の高さまで持ち上げる。 背中を流れる汗が、風に冷やされる。 (さぁ来い・・・・・・) 自由になった左手に、口から取り出したマガジンを握る。 血に飢えた獣が音もなく近づいてくる。 (・・もう少しだ・・・) (来な・・・次元・・・) (・・・・・・・・・・) じわり、と冷たい汗が頬を伝う。 ―――――ジャリッ 機械片を踏みしめる音。 ルパンが踏み込んだ。 0.1秒―――――0.2秒――――― 次元が腕を上げてトリガーを引く。 ルパンの目の前。これから踏み込もうとしていた床が跳ねる。 それを予測していたかのように横に大きくダイブするルパン。 ワルサーが火を噴く。 だがワルサーの弾道は次元の頭の僅か右方向に逸れてしまう。 次元の後方にある巨大な送風機のパネルが、けたたましい音を立てて吹き飛ぶ。 間髪いれず、ルパンと次元が同時に2発目を撃つべく指に力を込める。 刹那、ルパンが何かを天井に放った。 一瞬次元の注意が逸れる。 ドンッッッ!
ルパンが放った2発目の弾丸は、回転しながら落下する黒い物体に命中した。 黒い物体が衝撃で、2人の間の空気を切り裂き 次元の後方へ吹き飛ぶ。 ルパンが地面に落ちて転がった。 ―――――この間、時間にして3秒足らず。 キュキュキュキュキュ 弦を弾くような高音がフロアを右から左、左から右へと伝う。 音の主は見えない。何かはわからないが、音だけが、高速でフロア内を駆け巡る。 次元は一瞬だけ手を止めたが、構わず、無防備に転がるルパンに銃口を向けた。 その時だった。 「ッ!!!!?」  次元の身体が、勢いよく宙に浮かんだ。 「――――がッ・・ァあ・・・っ・・・」 宙で、目に見えない何かに身体を急速に締め上げられる。 どんどん食い込むジャケットに息が詰まり、次元の意識が飛びかけた。 ルパンがゆっくりと立ち上がった。 腕を上げ、マガジンに残った最後の一発で送風機の中心ををぶち抜いた。 回転力を失い、カララララと何かぶつかり合うような音を立てて止まるプロペラ。 次元を縛り上げる力も止まった。 次元が力なく項垂れる。 プロペラの間には、ルパンが先刻投げた物体―――マガジンがぶら下がっていた。 それに結びつけられた半透明のワイヤーが、プロペラに幾重にも巻きついている。 プロペラの回転により引っ張られたワイヤーは、機械の上部で複雑に交差して、 空中に大きなクモの巣を形成していた。 ワイヤーは機械に貼り付けられた白い粘着ゴムで固定されたフックに通っている。 ルパンが接着させていた物体はこれだったのだ。 「ま、こんなもんでしょ」 罠の中心で僅かに揺れる次元を見上げながら、ふ〜っと大きく息を吐いた。 「や〜っぱりお前がどうであれ、お前を失っちまうのは惜しいんだわ。  第一、アクナーに“操られてる”って〜のが気にくわねェ。  ってなわけで、そこでしばらく頭を冷やしててちょ〜だいな。」 次元ちゃん、と、マガジンを交換しながらいつもの口調で呟いた。 しかし、恐らくシナリオ通りではなかったにしろ、アクナーの手の上で踊ら されたようなものだ。次元も、そしてルパンも。 (さぞかし面白い劇を見物できて楽しかったろうよ) 機械の間に潜む隠しカメラの一つに銃口を向ける。 「そろそろ茶番は幕間としようぜ。アンコールはナシだ。  次の開幕ベルを心して待ってなァ、アクナー。」 静かに銃声が響き渡った。 「さぁてと・・・」 ワルサーを懐にしまいながら、もう一度、次元を見やる。 ぐったりと項垂れる次元。 それを何かを考え込むように見つめるルパン。 (・・・・・・) 視線をずらし、破壊された隠しエレベータのパネルを一瞥する。 (とほほほほ・・・一難さってまた一難たァこのことか。) 最上階に上がる道は閉ざされてしまった。 頭をかきながら窓を見上げる。 (やっぱ、あるとしたらあそこかないンだよなァ) 確証はない。 しかし。 (ま、“外”から入れないってことは、“内”と繋がっているはずデショ) 確信にも似た勘がルパンの足を動かした。 機械の上に飛び上がる。 左手をポケットにつっこんだまま、じっと窓を見つめた。 ゆっくりと近づき、窓に手を置く。 ゴンゴンッ かなり分厚いが、幸い防弾ガラスではないようだ。 ルパンは再び後ろに下がった。 懐からワルサーを取り出す。 「ル・・パ・・・ン・・・」 「!!」 はっと手を止める。 背後から、苦しそうな切れ切れの声。 項垂れたまま顔を上げず、声にならない声を必死に搾り出す。 「・・・あの・・・ゆ・・・め・・を・・・」 「・・・・・・・・・」 「・・・・・・・思い・・・・だ・・・・・・・・・・・せ・・・」 (次元・・・) ルパンは振り返らない。 少しの沈黙。 ふっとルパンの表情が緩む。 じっと目の前の窓を見据えたまま、ルパンは静かに口を開いた。 「他人の心配する前に、テメェの心配でもしてな」 言い放つその顔が心なしか笑っていた。 先刻までの戦場が、ウソのような静けさを取り戻す。 「・・・・・・」 「・・・・・・」 「・・・・・・」 「・・・・・・」 「・・・・・待ってな。」 ドンッ  ワルサーが窓に細かいヒビを入れた。 大きく息を吸い込むと、ルパンは駆け出した。 ガッッッシャーーーーーン!!!! 派手な音をたてて窓ガラスが砕けた。 腕をクロスして建物の外に飛び出す赤い影。 落下しながら宙で素早く身体をひねり、空に向かってワイヤーを放り投げる。 フックが割れた窓の淵に引っかかる。 半弧を描いたルパンの身体は、そのまま再び大きく砕けるガラス音と共に 階下のフロアへと吸い込まれていった。 身体を小さく折り曲げフロアに転がり込むルパン。 何度か天井と床がぐるぐると回転した後、大きな棚にぶつかって止まった。 突き刺さるガラス片に歯を食いしばって声を押し殺す。 顔の前でクロスした手を解きながら、上半身を起こす。 パラパラと落ちるガラス片。 ルパンはぐらつく頭を軽く振りながらゆっくりと立ち上がった。 そして・・・ 一瞬、目を見開いた。 (これは――――) 外からの入り口がない階――――禁断の第6フロア。 「ほ〜んと、つくづくオトモダチにはなりたくねェ野郎だぜェ・・・」 ルパンは苦々しく呟いた。 そこには、息を呑む異様な光景が広がっていた。







つづく。    03/5/3
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